自衛権と交戦権

 我が国の憲法では、第9条において「交戦権」の否認が明記されている。一方で本論文の第三章にもあるとおり、「自衛権」の発動は条件付きで認めているのである。そこで政府見解における「交戦権」の定義を基に、どのような行動が我が国の「自衛権」発動時においてなお違憲と判断され得るかということについて考察する。

昭和56515日衆議院稲葉誠一議員

質問主意書に対する答弁書

 憲法第9条第2項の「交戦権」とは、戦いを交える権利という意味ではなく、交戦国が国際法上有する様々の権利の総称であって、このような意味の交戦権が否認されていると解している。

 他方、我が国は、自衛権の行使に当たっては、我が国を防衛するため必要最小限度の実力を行使することが当然に認められているのであってその行使として相手国兵力の殺傷及び破壊等を行うこととは別の観念のものである。実際上、自衛権の行使としての実力の行使の態様がいかなるものになるかについては、具体的な状況に応じて異なると考えられるから、一概に述べることは困難であるが、例えば、相手国の領土の占領、そこにおける占領行政などは、自衛のための必要最小限度を超えるものと考えている。

昭和29525日参議院内閣委員会

佐藤法制局長官答弁

 ………交戦権そのものというものは、これは交戦者としての権利、而してもっとも典型的なものとしては敵性船舶の拿捕であるとか、或いは占領地の行政権であるとかいうことが憲法制定当時から答弁に出ているわけでございますが………平時において、普通、通常許されないような外敵行為というようなものが、交戦権を与えられることによってこれが合法として認められるという考え方は私どもも必ずしも排撃いたしておりません。………自衛権というものは、………国の基本的生存維持の権利でございますからして、………即ち急迫不正の侵害に対してそれを排除するに必要止むを得ない程度の実力行使は、次江県として当然許される………ところが交戦権を更に持つということになりますと、………敵が攻めてきた場合、ずっと敵を追い詰めて行って、そうして将来の禍根を断つために、もう本国までも全部やっつけてしまうというようなことが………許されるであろう、併しないからそれはゆるされない。即ち自衛権の限度内でしかいわゆる外敵行為というものはできない……。

昭和30726日参議院内閣委員会

林法制局長官答弁

 ………交戦権の意味については、………学説………が、大別………二つ………あるように存じます。………交戦権ということを………戦争をする権利というふうに広く解釈する説と、………交戦国として国際法上一国が持つ種々の権利という意味に解釈する説とございます。普通………後者に解釈しているように考える……。………憲法92項の後段におきましては、日本が普通の意味において交戦国として持ついろいろの国際法上の権利というものは一応否認をされている………しかし………1項において自衛権を否認しておらず、従って自衛のために、日本が外国から侵略を受けた場合に、………排除する意味において行動する権利は否定されておらないものと考えるわけです。

昭和56420日衆議院安全保障特別委員会

角田法制局長官答弁

 ………交戦権というものについては、これは憲法92項によってあくまで否認をされている。しかし、従来から政府の見解として申し上げているところでございますが、わが国が自衛権を持っているということは憲法9条によっても否定されておらない、そして、自衛権の行使として実際上いろいろな実力行動をとることは交戦権の行使とは別のことである、そういうことは憲法上当然認められているということを申し上げた上で、仮に、わが国に武力攻撃を加えている国の軍隊の武器を第三国の船が輸送をしている、それを臨検することができるかという点でございますが、一般論として申し上げるならば、ある国がわが国に対して現に武力攻撃を加えているわけでございますから、その国のために働いているその線あくに対して臨検等の必要な措置をとることは、自衛権の行使として認められる限度内のものであれば、それはできるのではないかというふうに私どもは考えております。ということを申し上げたわけでありまして、あくまでも自衛権の行使として認められる限度内のもの、すなわち必要最小限度の範囲内のものであれば、そういう措置がとれるという可能性があり得るのではないかということを申し述べただけでございまして、従来の政府の解釈を変更するものではないというふうに心得ております。

 以上の政府見解から「交戦権」の内容、即ち我が国が行った際には違憲となる公算が大きい具体的な事柄としては、以下のようなものが挙げられることになる。

・相手国の領土の占領

・占領地における行政権の行使

・敵性船舶の拿捕

(但し臨検については、自衛権の行使として認められる限度内において合憲の可能性あり)

 これらの事柄は具体的に我が国の行動を制限しているようにも思えるが、いくつが定義を多様に解釈し得る語が存在する。よってそれらの語句について、それぞれの定義について考えたい。

・「相手国の領土」について

 相手国の領土の範囲については、どの国の立場に立ったかで異なってくるであろう。現に我が国が自国の領土であるとしている範囲の中にも、尖閣諸島のように他国によって領有権が主張され、のみならず竹島や北方領土といった実効支配が為されてしまっている実例が存在するのである。

なお我が国と相手国との国境のみならず、相手国と第三国の国境についても係争地域が存在する場合が考えられる。例を挙げれば南沙諸島やインド及び中国の国境地帯であるが、この場合は第三国の領土を占領した時点で第三国も「相手国」となってしまうため、領土の占領が憲法の許すところではなくなるであろう。よって、ここではどの立場から見た「相手国の領土」であるかについて考えたい。

第一に、少なくとも「相手国」の称する「相手国の領土」ではないことは確かである。この場合「相手国」が我が国の領土の全域又は一部を自国の領土であると主張してしまえば、我が国は自衛権を行使してそこを奪還したたつもりでも「相手国の領土」を占領したことになってしまい、領土を占領された場合における自衛権の行使さえも事実上不可能になってしまうためである。

第二に、我が国でも相手国でもない第三国の称する「相手国の領土」とした場合も同様である。この場合も第三国が我が国の領土全域又は一部を「相手国の領土」と主張してしまえば、第一の例と同じく当該地域における自衛権の行使が不可能になるためである。

よって、消去法で「相手国の領土」の範囲は我が国の主張によって決定されるとするのが適切であろう。

・「敵性船舶」について

 広辞苑第六版(岩波書店2008,2009)において、「敵性」とは「戦争法規の範囲内において、攻撃・破壊・掠奪および捕獲などの加害行為をしてよいと認められる性質」、「船舶」とは「海商法上は、商行為をなすために水上を航行する船で、櫓櫂船(ろかいせん)以外のもの」となっている。よって反対解釈を行えば、以下の条件にひとつでも該当しない船については現行憲法下でも拿捕が可能であると判断できる。

一、戦争法規の範囲内において加害行為をしてよいと認められる性質を有する

(但し、これに該当しない船舶を拿捕した場合は国際法に反する恐れが大きい)

二、商行為をなすために水上を航行する船

(即ち、商行為以外の目的で水上を航行する船であると判断できれば拿捕も可能)

三、櫓櫂船でないこと

(とはいえ、櫓櫂船を拿捕する機会はそう多くないであろう)

・「拿捕」について

 広辞苑第六版(岩波書店2008,2009)によれば、法的な意味の「拿捕」とは以下のように説明されている(以下斜体部、同書「拿捕」の項より引用)

戦時に、敵の船舶や貨物またはある種の中立船舶や貨物を、封鎖突破または戦時禁制品輸送などの理由で一時押収すること。広義には、国際法または国内法に違反した船舶を国家が支配下におくこと。

 つまり「敵性船舶」と同様に反対解釈を行えば、以下の条件にひとつでも該当する行動を「敵性船舶」に対してとることも、「敵性船舶」ではない船に対して以下の条件に何れも該当しない行動をとることも許されるということになる。

一、一時的ではない押収

二、押収の対象が商行為を目的として水上を航行する船や貨物ではないこと

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