ミサイル
・
日本国政府がこれまで示してきた政府見解の中には、我が国が保有するミサイルに関して、憲法上の制限があると解釈している者が存在する。そこで楚以下にその政府見解を列挙し、どのようなミサイルが憲法上保有できないとされているかということについて考察する。
・
昭和55年10月14日
楢崎弥之助衆議院議員の質問主意書に対する答弁書
政府は、従来から、自衛のための必要最小限度を超えない実力を保持することは、憲法第9条第2項によって禁じられていないと解しているが、性能上専ら他国の国土の潰滅的破壊のためにのみ用いられる兵器については、これを保持することが許されないと考えている。
・
昭和46年5月15日衆議院内閣委員会
久保防衛局長答弁
まず攻撃的兵器と防御的兵器の区別をすることは困難であるということは、外国の専門家も言っておりまするし、われわれもそう思います。なぜかならば、防衛的な兵器でありましてもすぐに攻撃的な兵器に転用し得るわけでありますから、したがいまして私どもが区別すべきものは、外国が脅威を感ずるような攻撃的兵器というふうに見るべきではなかろうか、そう思います。そういたしますると、脅威を受けるような、あるいは脅威を与えるような攻撃的兵器と申しますると、たとえばICBMでありますとか、IRBMでありますとか、非常に射程が長く、しかもしかも破壊能力が非常に強大であるといったようなもの、あるいは当然潜水艦に積んでおります長距離の弾道弾ミサイルなどもこれに入ります。また米国の飛行機で例を言うならば、B52のように数百マイルもの行動半径を持つようなもの、これも日本の防衛に役立つということではなくて、むしろ相手方に戦略的な攻撃力を持つという意味で脅威を与えるというふうに考えます。
・
昭和53年2月13日衆議院予算委員会
伊藤防衛局長答弁
持てない兵器というものをすべて分類してお応えするというのはきわめてむずかしいものでございます。といいますのは、攻撃的兵器、防御的兵器というのが、それぞれについて画然と別れるということはなかなかないわけでございます。しかしながら、その中でも特に純粋に国土を守るためのもの、たとえば以前でございますと高射砲、現在で申しますとナイキとかホーク、そういったものは純粋に国土を守る防御的兵器であろうと思いますし、またICBMとかあるいはIRBM、中距離弾道弾あるいはB52のような長距離爆撃機、こういうものは直接相手に攻撃を加えて壊滅的な打撃を与える兵器でございますので、こういったものはいわゆる攻撃的兵器というふうに考えておるわけでございます。
・
昭和57年3月20日参議院予算委員会
伊藤防衛庁長官答弁
………他国に侵略的攻撃的脅威を与えるような装備とは、わが国を防衛するためにどうしても必要だと考えられる範囲を超え、他国を侵略あるいは攻撃するために使用されるものであり、またその能力を持っておると客観的に考えられるような装備を言うものと考えておりますが、どのような装備がそれに当たるかということは、………その装備の用途、能力あるいは周辺諸国の軍事能力など、そのときにおける軍事技術等を総合的に考慮して判断すべきものであると考えております。したがいまして、その判断基準を具体的に申し上げることは困難でございますが、性能上もっぱら他国の国土の壊滅的破壊のためにのみ用いられる兵器、先生御指摘のたとえばICBM、長距離戦略爆撃機等はこれに該当するものと考えております。
・
昭和63年4月6日参議院予算委員会
瓦防衛庁長官答弁
3月11日の参議院予算委員会における久保委員の質問に対してお応えします。
政府が従来から申し上げているとおり、憲法第9条第2項で我が国が保有することが禁じられている戦力とは、自衛のための必要最小限度の実力を超えるものを指すと解されるところであり、同項の、「戦力」に当たるか否かは、我が国が保有する全体の実力についての問題であって、自衛隊の保有する個々の装備については、これを保有することにより、我が国の保持する実力の全体が右の限度を超えることとなるか否かによって、その保有の可否が決せられるものであります。
しかしながら、個々の兵器のうちでも、性能上専ら相手国の潰滅的破壊のためにのみ用いられるいわゆる攻撃的兵器を保有することは、これにより直ちに自衛のための必要最小限度の範囲を超えることとなるから、いかなる場合にも許されず、したがって、例えばICBM、長距離戦略爆撃機、あるいは攻撃型空母を自衛隊が保有することは許されず、このことは、累次申し上げてきているとおりであります。
なお、昨年5月19日参議院予算委員会において当時の中曽根内閣総理大臣が答弁したとおり、我が国が憲法上保有し得る空母についても、現在これを保有する計画はないとの見解に変わりはありません。
・
以上の政府見解から、我が国において憲法上保有が禁止されているミサイルとして以下の種類を上げることができる。
・ICBM
・IRBM
・潜水艦に搭載されている長距離の弾道ミサイル
このうち、ICBMとIRBMについては、Britanicca「ブリタニカ国際大百科事典小項目電子辞書版」2009のそれぞれの項目に、以下のように記してある。
ICBM
大陸間弾道ミサイル。有効射程6400km以上の核弾頭をつけた戦略用弾道ミサイルをいう。ロケットエンジンで高高度(最大高度1500~3500km)に打上げ、力学的に決る弾道を描いて目的地に達する。所要時間は30分ほど。旧ソ連がいち早く開発に手をつけ、1957年8月部分射程の試射に成功。アメリカの射程8000kmのICBMは59年に成功。98年現在、アメリカのICBMにはミニットマンV、MX(ピースキーパー)などがあり、旧ソ連のICBMにはSS-18、SS-19、SS-24、SS-25などがある。また中国のICBMには東風Dong Feng5号などがある。
IRBM
中距離弾道ミサイル。射程が2400~6400kmの弾道ミサイル。かつてはアメリカのジュピター、ソー、ソ連のSS-4、SS-5などがあったが、いずれも廃棄されている。1992年現在配備されているIRBMは、中国の東風Dong Feng2号、フランスのSSBS S3Dの2種である。
以上のことから、これまでの政府見解において、我が国が憲法上保有を禁じられているミサイルは「射程2400km以上の弾道ミサイル」と考えられる。
・
だがここで重要になってくるのが、昭和46年5月15日衆議院内閣委員会における久保防衛局長の答弁で、通常の弾道ミサイルとは別に「潜水艦に積んでおります長距離の弾道弾ミサイル」と述べている点である。
・
このことから、政府は弾道ミサイルの保有制限について、陸上発射型の弾道ミサイルと潜水艦搭載型の弾道ミサイルに関し、それぞれ別の基準を持っていると考えることができる。
・
そこで、以下に主な潜水艦発射型弾道ミサイルの要目を列挙し、「潜水艦に積んでおります長距離の弾道弾ミサイル」がどの程度の射程を持つものかということについて考察したい。
・
なお、以下の要目は海人社「世界の艦船 別冊 艦載兵器ハンドブック 改訂第2版」によった。
ミサイルの名称 |
開発国 |
射程距離(km) |
トライデントU D-5 UGM-133A |
アメリカ |
11000 |
トライデントT C-4 UGM-96A |
アメリカ |
8000 |
SS-N-20 スタージョン RSM-52 |
ロシア |
8300 |
SS-N-23 スキップ RSM-54 |
ロシア |
8300 |
SS-N-18 スティングレイ RSM-50 |
ロシア |
8000(Mod2) |
SS-N-8 ソーフライ RSM-48 |
ロシア |
9100(Mod2) |
M4/M45 |
フランス |
4000 |
CSS-N-3 巨浪1 |
中国 |
2700 |
このように、各国が保有する潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)の中には、射程距離が公表値で10000kmを超えるものも存在する。一方で中国のCSS-N-3は3000kmを下回っており、あくまで公表されている値の問題に過ぎないとはいえ、非常に大きな差があることが分かる。
・
この中でどこに「長距離」か否かの境界を置くかであるが、10000kmを超える射程を持つトライデントUの存在に鑑み、射程10000kmを境界と考えてみたい。
・
仮にこの基準を用いた場合であれば、我が国は潜水艦から発射される形式の弾道ミサイルに限り、射程距離が10000kmまでの弾道ミサイルを保有することが憲法上許されるということになる。