航空母艦
我が国が自衛のために保有する艦艇に関して、憲法上明文化された制限は存在しない。しかし政府見解の中には、自衛隊の艦艇に対して憲法上の制限が存在するとしているものがあるため、以下にそれらの政府見解を列挙したうえで、具体的にどのような艦艇の保有が違憲になると考えられているかについて考察する(以下本章鍵括弧内及び斜体部は、朝雲新聞社「防衛ハンドブック2011」2011のp653-p664より引用)。
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昭和63年4月6日参議院予算委員会
瓦防衛庁長官答弁
3月11日の参議院予算委員会における久保委員の質問に対してお応えします。
政府が従来から申し上げているとおり、憲法第9条第2項で我が国が保有することが禁じられている戦力とは、自衛のための必要最小限度の実力を超えるものを指すと解されるところであり、同項の、「戦力」に当たるか否かは、我が国が保有する全体の実力についての問題であって、自衛隊の保有する個々の装備については、これを保有することにより、我が国の保持する実力の全体が右の限度を超えることとなるか否かによって、その保有の可否が決せられるものであります。
しかしながら、個々の兵器のうちでも、性能上専ら相手国の潰滅的破壊のためにのみ用いられるいわゆる攻撃的兵器を保有することは、これにより直ちに自衛のための必要最小限度の範囲を超えることとなるから、いかなる場合にも許されず、したがって、例えばICBM、兆コリ戦略爆撃機、あるいは攻撃型空母を自衛隊が保有することは許されず、このことは、累次申し上げてきているとおりであります。
なお、昨年5月19日参議院予算委員会において当時の中曽根内閣総理大臣が答弁したとおり、我が国が憲法上保有し得る空母についても、現在これを保有する計画はないとの見解に変わりはありません。
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・侵略的脅威
昭和42年3月31日の参議院予算委員会における佐藤栄作総理大臣の答弁では、自衛隊増強の限度について「わが国が持ち得る自衛力、これは他国に対して侵略的脅威を与えない、与えるようなものであってはならない」として自衛隊の増強には限界があるとしている。一方で「地域的な通常兵器による侵略と申しましても、いろいろそのほうの力が強くなってきておりますから、それは、これに対応する抑圧力、そのためには私のほうも整備していかねばならぬ」として我が国への侵略に対する「抑圧力」としての自衛隊の増強は認めている。
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・攻撃的兵器と防御的兵器
兵器の用途や性質によってその兵器の保有が禁じられるとした初めての政府見解は、楢崎弥之助衆議院議員の質問主意書に対する昭和55年10月14日の政府見解である。ここでは「性質上専ら他国の領土の潰滅的破壊のためにのみ用いられる兵器については、これを保持することが許されないと考えている」として、用途が特定のものに限定された兵器のみを対象とした。
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後に、松本善明衆議院議員の質問主意書に対する昭和44年4月8日の答弁書では、まず上記の見解を踏襲した上で「それ自体の性能からみて憲法上の保持の可否が明らかな兵器以外の兵器は、自衛権の限界をこえる行動の用に供する意図のもとに保持することも憲法上許されない(中略)他面、自衛権の限界内の行動の用にのみ供する意図でありさえすれば、無限に保持されることが許されるというものでもない」とした。そしてその限界として「自衛のために必要最小限度と言う憲法上の制約」という文言を用いている。
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初めて具体的な兵器の種類が挙げられたのは昭和46年5月15日の内閣委員会で、久保防衛局長は「攻撃的兵器と申しますると、たとえばICBMでありますとか、IRBMでありますとか、非常に距離が長く、しかも破壊力が非常に強大であるといったようなもの、あるいは当然潜水艦に積んでおります長距離の弾道弾ミサイルなどもこれに入ります。また米国の飛行機で例を言うならば、B52のように数百マイルもの行動半径を持つようなもの」としている。
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この後は当見解を踏襲するような政府見解が相次ぎ、昭和53年2月13日の衆議院予算委員会における伊藤防衛局長の答弁では「ICBMとかあるいはIRBM、中距離弾道弾あるいはB52のような長距離爆撃機」を、昭和57年3月20日の参議院予算委員会における伊藤防衛庁長官の答弁では「ICBM、戦略爆撃機」を、昭和63年4月6日の参議院予算員会における瓦防衛庁長官の答弁では「ICBM、長距離戦略爆撃機、攻撃型空母」をそれぞれ「いわゆる攻撃的兵器」、「他国に侵略的脅威を与えるような装備」、「いわゆる攻撃的兵器」としている。
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以上の政府見解から、「他国の領土の潰滅的破壊のためにのみ用いられる兵器」といった兵器の性能そのものではなく兵器の目的によって判断されるものを除けば、明確に保有が禁止されている艦艇は「攻撃型空母」と称される艦のみであると判断できる。そこで次に、どのような航空母艦が「攻撃型空母」に該当するかということについて検討する。
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どのような艦を以て憲法第9条により保有が禁じられる「攻撃型空母」と称するかは憲法のみならず政府見解においても基準が示されておらず、また他国において海軍が公式に用いた艦の種類としても、「攻撃型空母」と訳せるのはアメリカ軍がかつて用いたCVA(攻撃型航空母艦)及びCVAN(攻撃型原子力航空母艦)程度のものである。そこでこのCVA及びCVNAが「攻撃型空母」と同種の艦であるとの前提に立った上で、アメリカ海軍においてCVA又はCVANに類別されたことのある艦と、同時代においてそれらに類別されなかった艦との差異及び共通点を基に、何を「攻撃型空母」の必要条件又や十分条件とするべきかについて考察したい。
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アングルドデッキ(Angled deck)とは直訳すると「斜め甲板」であり、その名のとおり航空母艦の甲板のうち艦の首尾線から斜めになっている部分のことである。主に空母に搭載された固定翼機の着艦場所として用いられるが、アメリカの攻撃型原子力航空母艦「エンタープライズ」及び「ニミッツ」のようにアングルドデッキ部分へカタパルトを配置した艦も存在し、一概に着艦専用の設備とは言えない。
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利点としては着艦時の安全性に加えて、着艦に失敗した際の再発艦(いわゆるタッチ・アンド・ゴー)のしやすさが挙げられる。甲板の着艦部分と発艦部分が一直線の場合、艦尾部分のアレスティングワイヤなどで機体を停止させられず着艦に失敗すると機体はそのまま高速度で甲板上を移動することになり、先に着艦したものの飛行甲板上に置かれたままの航空機や、同じく飛行甲板上で発艦準備中の航空機に激突してしまう恐れがある
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一方でアングルドデッキへの着艦の場合、先に着艦した航空機や発艦準備中の航空機を艦内に収容できずともアングルドデッキ外に退避させてさえおけば、着艦する航空機は甲板のうち何も障害物が無い部分に着艦することができるようになる。これによって着艦のみならず着艦に失敗した際の再発艦も、より安全に行えるのである。
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難点としては空母の船体から甲板だけが斜めに張り出すことで、甲板面積の拡大に伴って甲板の重量が増して艦の重心が上昇し、主に横方向の安定性が悪化することである。また空母の船体そのものが細ければ上記の問題によって甲板が張り出せる幅に制限が生じ、アングルドデッキの角度が緩やかになることで甲板全体の形状が直線状に近づき、利点が失われかねない。なおアングルドデッキを搭載した主な空母の飛行甲板の幅と船体の喫水線部分の幅、及び前者を後者で割った値は以下のとおり(艦名及び各要目はソフトバンク クリエイティブ「知られざる空母の秘密」2010より引用)であり、計算結果は小数点以下第三位を四捨五入したものである。
1、艦名(括弧内はその要目であった時期) |
2、甲板幅 |
3、船体幅 |
4、2を3で割った値 |
ミッドウェー(アメリカ、1990年) |
78.2m |
43m |
1.82 |
キティ・ホーク(アメリカ、2005年) |
76.8m |
39.6m |
1.94 |
クイーン・エリザベス(イギリス、建造中) |
73m |
39m |
1.87 |
シャルル・ド・ゴール(フランス、2011年) |
64.36m |
31.5m |
2.04 |
ヴィクラマディチャ(インド、建造中) |
51m |
32.7m |
1.56 |
サン・パウロ(ブラジル、2011年) |
51.2m |
31.7m |
1.61 |
ミナス・ジェライス(ブラジル、1990年) |
37m |
24.4m |
1.51 |
このアングルドデッキは上記の表にも艦名が挙がっているとおり、アメリカ軍のCVA及びCVANにも装備されている艦が存在する。しかし1952年10月1日にCVAの艦種類別が新設された際、CVAに類別された5隻の「エセックス」級及びその船体延長型である20隻の「タイコンデロガ」級は何れもアングルドデッキを装備しておらず[1]、「タイコンデロガ」級の一隻である「アンティータム」に初めて試験用のアングルドデッキが装備されたのが1953年になってからのことであるため、アングルドデッキは攻撃型航空母艦と呼ばれるための必要条件ではないと判断することができる。
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また後にアングルドデッキを装備するSCB125改装やSCB125A改装を受けた艦のうち以下の艦がCVS(対潜水艦航空母艦)に類別されているため、アングルドデッキを装備している航空母艦が必ず攻撃型航空母艦と呼ばれるとは限らない、即ちアングルドデッキは攻撃型空母の十分条件ではないとも言える。なお各艦の艦名とアングルドデッキの装備年、及びCVS類別年は光人社「世界の艦船1月号増刊 アメリカ航空母艦史」1981、p175の表を参照した。
艦名 |
装備年 |
CVS類別 |
艦名 |
装備年 |
CVS類別 |
エセックス |
1956 |
1960 |
レキシントン |
1955 |
1962 |
ヨークタウン |
1955 |
1957 |
ワスプ |
1955 |
1956 |
イントレピッド |
1957 |
1962 |
ベニントン |
1955 |
1959 |
ホーネット |
1956 |
1958 |
キアサージ |
1957 |
1958 |
ランドルフ |
1956 |
1959 |
アンティータム |
1953 |
1953 |
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空母が搭載するカタパルトとは、固定翼機を圧縮した蒸気などの力を利用することで前方へと射出し、揚力の発生を補助することで甲板のうち発艦に用いる距離を縮小するための設備である。米海軍に搭載されていたカタパルトは当初油圧式が主流であったが、イギリスが1949年に空母「パーシューズ」で蒸気式のカタパルトを実用化し、アメリカも1954年にCV-19「ハンコック」へ蒸気カタパルトC-11を搭載した。
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アメリカ海軍においてCVA及びCVANとなった航空母艦は確認可能な範囲で全ての艦が2基以上搭載しており、カタパルトの複数搭載は攻撃型空母の必要条件である可能性が高い。但し後にCVAとなる「エンタープライズ」については「飛行甲板に1基、格納庫甲板に中心線に直角に2基のカタパルト」を搭載していた(直前鍵括弧内は光人社「世界の艦船1月号増刊 アメリカ航空母艦史」1981のp25より引用)。
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一方「フォレスタル」級航空母艦の「サラトガ」は、1972年6月にカタパルトを複数搭載したままの状態で、第一節で述べたように攻撃型航空母艦の類別が残っているにも拘らず類別をCVAからCVに変更されている[3]。また前節で挙げた「エセックス」級及び「タイコンデロガ」級も、カタパルトを撤去したとの記録が無いままCVSに類別変更されているのである。よってカタパルトの搭載は、例えそれが複数であろうと、攻撃型空母としての十分条件には当たらない。
船は(注、水で満たされた容器に浮かべた際)排除した水の重さだけ軽くなって水に浮かぶ。その排除した水の量が排水量で、その水の重量が船の重さである。
軍艦の重量は、燃料や弾薬などを積んだ量によって異なるので、かつては国際的に条約で統一した基準排水量が使われていた。この基準排水量とは、満載状態から燃料、予備缶水のすべてを差引いた排水量で、英トンで示される。
攻撃型航空母艦のうち最小の排水量は第二次世界大戦前に建造された「ヨークタウン」級航空母艦のCVA-6「エンタープライズ」であり、アメリカ海軍歴史遺産コマンドの公式サイト(http://www.history.navy.mil/)に掲載されている写真によれば「エンタープライズ」は竣工から1956年の除籍までアングルドデッキの装備等といった船体の排水量が大幅に変化するような改装を受けた様子は見られない。よって竣工時の19800tと大差ない基準排水量の状態でCVAに類別されたことから、攻撃型空母の排水量の下限は基準排水量20000t前後であるとすべきである。このことは、同時代の「サイパン」級航空母艦が14500tの基準排水量と2基のカタパルトを有していながら、CVAではなく軽空母を意味するCVLに類別されたことと合致する。
一方CVA及びCVANに類別された中で最大の排水量を有する空母はCVAN-68「ニミッツ」であり、1975年にCVANとして類別された竣工時の基準排水量が81600t、満載排水量が91400tとなっている。その後改良を加え満載排水量が増大したCVN-72「セオドア・ルーズベルト」などの準同型艦が建造されたものの、「ニミッツ」が竣工した年の6月30日付でCVA及びCVANの類別が廃止されたことで両艦種に類別される艦が存在しなくなったため、2011年末現在では「ニミッツ」がアメリカ海軍に在籍した最大の攻撃型空母となっている。
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ところが第二節で挙げた「エセックス」級空母及び「タイコンデロガ」級空母はSBC125改装を受けた際、基準排水量がそれまでの約27000tから約33000tにまで増加したにもかかわらず、後に改装を受けたままの状態でCVSに類別されているのである。以上のことから基準排水量が20000t前後かそれ以上の航空母艦を「攻撃型空母」とすることは可能であるものの、それを超える排水量を持つ航空母艦であろうと少なくとも基準排水量にして33000t程度までであれば、必ずしも攻撃型空母には該当しないということがわかる。即ち空母の基準排水量が約20000tから33000tまでの間であれば、排水量のみによって一概に攻撃型空母であるか否かの判断はできないことになる。
本章における考察を纏めると、政府見解において憲法で保有が禁じられているとされた「攻撃型空母」の必要条件、十分条件及びそのどちらにも当てはまらないと考えられる事項は以下のようになる。
必要条件だと言える可能性はあるが、十分条件ではないと考えられるもの
一、基準排水量は20000t前後又はそれ以上であること(第四節より)。
二、複数のカタパルトを搭載していること(第三節より)。
十分条件だと言える可能性はあるが、必要条件ではないと考えられるもの
一、基準排水量が33000tを大幅に超えること(第四節より)。
必要条件および十分条件のどちらにも該当しないと考えられるもの
一、アングルドデッキの装備(第二節より)。
この仮定の条件に則った場合、憲法で保有が禁じられている「攻撃型空母」の範囲を最大限拡げるために必要条件を定義に加えず、十分条件の「基準排水量が33000tを大幅に超えること」のみを「攻撃型空母」の定義に十分条件として用いたとしても、我が国は基準排水量が33000t前後までの航空母艦をその装備に関わらず「攻撃型空母」ではないと主張して保有することができる。
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なお搭載する航空機の種類や任務の性格による区分も可能ではあるが、搭載する航空機の特性や任務の性格は空母自体の性能に関わらず随時変化させることができるため、憲法で保有を禁じる場合の「攻撃型空母」の定義に用いることは適切ではないと考える。
搭載する航空機の数についても、搭載する航空機の外寸及び重量や航空隊の定数等によって光人社「世界の艦船1月号増刊 航空母艦全史」2008によれば以下のように幅が存在し、 また前述のように「エセックス」級及び「タイコンデロガ」級のうち一部の艦がCVAから特段の改装(即ち航空機搭載能力の変化)を経ずにCVSに類別変更されたことから、攻撃型空母か否かということの判断基準とするのは不適切である。
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艦名 |
搭載機数 |
艦名 |
搭載機数 |
エセックス級 |
80-100機 |
エンタープライズ(CVAN-65) |
80-95機 |
キティ・ホーク級 |
80-95機 |
ニミッツ級 |
80-105機 |
ジョンF・ケネディ |
80-105機 |
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